自殺統計の誤報と誤用

官庁、マスコミ、および学界における「数字盲症」の診断と治療

ウェザロール ウィリアム

国立精神・神経センター精神保健研究所
成人精神保健部、客員研究員 [1995年迄]

精神保健研究, 第4号 (通巻37号), 平成3年, 47-70頁

Except for the English abstract (see below), this article was originally written and published only in Japanese.

The Misreporting and Misuse of Suicide Statistics in Japan

A Diagnosis and Treatment of Innumeracy in the Bureaucracy, Mass Media, and Academia

By William Wetherall

Research Associate [Until 1995]
Department of Adult Mental Health
National Institute of Mental Health
National Center of Neurology and Psychiatry, Japan

A version of this article was published as
"Jisatsu tōkei no gohō to goyō: Kanchō, masukomi, oyobi gakkai ni okeru "sūji mōshō" no shindan to chiryō"
[The Misreporting and Misuse of Suicide Statistics in Japan: A Diagnosis and Treatment of Innumeracy in the Bureaucracy, Mass Media, and Academia] in
Seishin hoken kenkyū, 4(37), 1991, pages 47-70
Journal of Mental Health, Number 37, 1991
Official Publication of the National Institute of Mental Health, NCNP, Japan


目次

抄録とキーワード
英文の要約

謝辞

はじめに

1. 誤った情報とその副作用
1.1 誤報の例
   1.11 『自殺の概要』とその報道
   1.12 マスコミが広める亡国暴論
1.2 誤用の例
   1.21 自殺学者の統計乱用
   1.22 社会政策の空想化

2. 信頼できる情報の伝え方
2.1 意識改善と民主化
   2.11 官庁
      2.111 警察庁
      2.112 厚生省
   2.12 マスコミ
   2.13 学界
2.2 年齢調整自殺率の勧め

おわりに

文献

表は非常に大きいので、ここで省略させていただきます

表1   年齢別自殺率:男性
表2   年齢別自殺率:女性
表3   年齢別自殺率:性比
表4   人口動態統計と警察統計の自殺者数
表5   単純自殺率と年齢調整自殺率:男性
表6   単純自殺率と年齢調整自殺率:女性
表7   65歳以上の単純率と調整率:男性
表8   65歳以上の単純率と調整率:女性


謝辞

本論文を書くに当たって、様々な人々のご協力を頂いた。特に感謝したいのは、警察庁長官官房総務課広報室の事務官と保安部防犯企画課の警部や、厚生省大臣官房統計情報部の管理企画課普及相談室および人口動態統計課の皆様である。最後に、長いあいだ陰から常に励まして下さった加藤正明先生に、本論文を捧げたい。

抄録とキーワード

多くの官僚、記者、および学者が日本の自殺統計を不正確に扱っている。この一つの結果は誤った情報を浴びている大衆である。もう一つは道を踏みちがえた社会政策である。自殺統計の誤報や誤用の直接原因は、いわば「数字盲症」である。しかし、単なる先入観や民族的イデオロギーより、真実を探るに欠かせない懐疑心の貧困に至るまで、多くの誘因も数えられる。最も有効な療法は、厚生省と警察庁が自殺統計審議会を作って各関連団体の代表を会員にし、この審議会が日本の自殺統計の基準、集計、分析、および報告を調査したり指導することである。

Keywords: suicide, statistics, misreporting, mass media, adjusted rates

英文の要約

Abstract

Many bureaucrats, journalists, and scholars are mishandling Japan's suicide statistics. One result is a misinformed public. Another is misguided social policy. The immediate cause of misreporting and misuse of suicide statistics is innumeracy. But there are many predisposing factors, from simple preconceptions and racialist ideology, to a poverty of the skepticism that is essential to the pursuit of truth. The most effective therapy would be for the Ministry of Health and Welfare and the National Police Agency to create a Council on Suicide Statistics with members representating each concerned group; and for this council to examine and supervise the standards, compilation, analysis, and publication of Japan's suicide statistics.


はじめに

これは日本の自殺統計の外部的研究である。統計を生み出す官僚的手順の研究でも、統計に数字化される自己破壊行動の研究でもない。要するに、これは、自殺統計が集計されてからどう普及されたり利用されるかと尋ねる研究、いわばブラックボックスの出力とその影響の研究である。

結論からいうと、自殺統計の官庁による公表やマスコミによる報道の方式と、論説員や学者などによる日本における自殺に対する誤解や暴論の地球的な普及との因果関係が、実に深い。これを証明する証拠は山ほどあるので、限られている紙面にその代表的な例だけを紹介することにする。

「外圧」の一種に見えるかも知れないが、官庁、マスコミ、および学界という三極ブラックボックスを開けてみて、その内臓をどう機能的に改善すれば出力とその影響もよくなるか、を検討する。終わりに、統計分析法の改善を勧めるつもりで、調整自殺率の利点を論じる。


1. 誤った情報とその副作用

『婦人公論』の1987年6月号が、下の見出しと質問によって読者の意見を募集した。1)

自殺者増加の背景は?

昨年の自殺者 25,524 人。20 分に 1 人が 命を絶った計算になります。それも高年齢 者に多い。問題はどこにあるのか

その次の7月号に2人の女性の投書が載せられた。その一人は、『母は、精神科病院の老人病棟で働いている。そこには、夫や妻、あるいはわが子に見捨てられたたくさんの老人がいる』などと述べて、高齢者自殺の「増加」を説明しようとした。もう一人は、1986年4月8日に起こったアイドル歌手岡田有希子の自殺を初めに『「将来に対する唯ぼんやりとした不安」』、『経済的精神的な面での“貧困化”』、『人間の基本的人権である「自由」の国アメリカで、性行動の自由を限りなく認めた結果[として]、エイズを含め、世の中すべて倒錯というか逆転現象が潮流となっている』、または『男女雇用機会均等法の施行で、確かに女性は職場に進出したが、同時に職場での同性への「愛情」「思いやり」そして「女らしさ」は影をひそめ、代わって「エゴイズム」「権力万能主義」それに「冷酷で非情な実力の世界」のイメージが拡がってきた』などと断言した。2)

残念ながら、この女性雑誌の自殺統計の使い方は、マスコミの興味本意を反映する単なる特異例ではない。むしろ、これは、誤解を招きやすい統計を公表する官庁から、公表された統計をそのままニュースにする報道やデータを分析する前に自殺が増えていると思い込んでいる学者に至るまで、蔓延している「数字盲症」の症状であった。

1.1 誤報の例

実は、1987年6月号の『婦人公論』が最終的に編集されたのは、正に警察庁の『昭和61年中における自殺の概要』が出た4月の中旬であた。この『自殺の概要』が形式的に公表されたのは4月16日の午前中であり、それをニュースにした新聞記事が出たのは同日の夕刊で、英字新聞に出たのはその翌日からであった。

ほとんどの記事が警察庁の報告に従って全国の自殺者の総数を 25,524 人にしたり、自殺率がそうでもないのにこの総数を「戦後最悪」などと呼びながら死体の数だけに注目を与えた。こうした誤解を招く報道によって日本における自殺の実態が世界中に誤解されている。

1.11 『自殺の概要』とその報道

1983年までは、警察庁が自殺総数の「記録」の水準を1958年にしていた。だから、1984年の 自殺白書は、1983年中に数えられた25,202人の自殺者は明治時代に全国的集計が始まって以来の新記録であったのに、これを『戦後(昭和22年以降)最高の記録となっている』、とした。3) また、1987年の『自殺の概要』は、1986年中に自殺者と認められた25,524人も『戦後最高の記録となった』とした。4) 両年とも、日本で最も高い発行部数を持つ読売新聞や朝日新聞を含む殆どの大手のマスコミも、「最高」を「最悪」に変えた。5)

日本と外国の英字新聞は、日本語による日本のマスコミに従って日本のニュースを報道する。だから、海外に飛び回っている日本に対する誤解の殆どが、日本の官僚、記者、および学者などが広める誤った情報や解釈から生まれる訳である。

The Japan Times は、読売新聞、朝日新聞、 毎日新聞、および日本経済新聞などの英語版よりも、世界中で最も広く読まれている日本の英字新聞である。しかし、いくら大手新聞から独立して取材しても、同じ情報源を使ったり、同じ報道方式でニュースを記事にするので、結果として同じ誤報をする。だから The Japan Times も『'86 suicides highest in postwar history』と主張した見出しの下に、1987年に公表された自殺白書を報道し、記事中にも自殺率やそれを左右する人口の変化などの話に一度も触れずに、見出しの旨を『highest number in any year since World War II』としか説明しなかった。6) 「蛙の子は蛙」という言葉が謳うように、Asahi Evening News も、親の朝日新聞が書いた「戦後最悪」と同じく、postwar worst にした。7)

厚生省が集計する人口動態統計には自殺統計もある。人口動態統計は出生、死亡、結婚、および離婚の統計なので、これをまとめる厚生省のマスコミ向けの報告書は、普通は、数多くの死因の一死因としてしか自殺の統計を紹介しない。それに、警察庁の『自殺の概要』より二ヶ月ほど後に出るので、その中の自殺統計はあまり注目されない。特に注目されても、マスコミによる解釈は『自殺の概要』の場合とほぼ同じである。

1987年に公表された、1986年の人口動態統計をまとめた報告書の自殺統計は、こう報道された。

朝日新聞の朝刊の一面の右上に、「赤ちゃん誕生、最少」の見出しの下に、1986年に生まれた赤ちゃんの数は、『「ひのえうま」の昭和41年を除けば、統計をとり始めた明治32年以来の最低となった ・・・。人口1000人当りの出生数を示す出生率も11.4に減少し、前年に続いて過去最低の記録を更新した』、と書いた。統計表には、人口10万当りの1986年の単純自殺率(21.2)と1985年の単純自殺率(19.4)が記載されたが、記事の最後に、 『自殺も前年より約2,300 人増の25,700人となり、[19]58年を上回って最高となった。年齢別のトップは50-54歳の3,005人。次いで45-49歳2,665人』と、自殺者数しか書かなかった。8)

上記の例は氷山の一角に過ぎない。日本語で読んでも英語で読んでも、自殺の実態がなかなか分かり難い。「数」(number)と「率」(rate)などの用語上の混乱の問題ばかりではなく、数字のミスが少なくないし、解釈の誤りも多い。自殺統計だけでなく、交通事故統計、犯罪統計なども同じように事件数を強調する誤報が現状である。

確かに、1986年の人口動態統計による自殺者総数は1958年の総数を 8.6 %ほど上回った。しかし、その27年の間に、人口は31.4 %も増えた。単純 (未調整)自殺率は、1958年は 25.7 で、1986年は 21.2 であった。

しかし、単純(粗)自殺率(自殺者数と人口10万当りの比率)は、人口の年齢構成などの変化とか差異を補わない。当論文の終わりに取り上げる年齢調整自殺率を算出してみると、男性(表5)と女性(表6)の対1935年の15区分共通年齢階級による調整率の平均値は、1958年は 23.5 と、1986年は 14.5 となる。要するに、日本における自殺の実態は、マスコミが騒がしたような「戦後最悪の記録」のイメージより、遥かにずれている。

1991年に公表された『自殺の概要』に関する報道も今までのように自殺者数ばかりを強調した。朝日新聞の見出しは、「総数は4年続き減る」と指摘しながら、「自殺の約4割高齢者」とより大きい字で主張した。9) 読売新聞も「自殺4年連続の減少」と強調してから、より小さな字で「それでも年2万人以上」と指示した。10) 毎日新聞は、「管理職の自殺増加」と報告したが、11) 日本経済新聞は、「高齢者の自殺3割占める最悪」と断言した見出しの下に次のように書いた。12)

・・・60歳以上の高齢者が全体の 28.8 %を占め、最悪状態にあることが、警察庁が25日にまとめた「平成3年の自殺白書」でわかった。・・・高齢者の自殺は日本の高齢化がさらに進展するなかで、高齢者が生きにくい世相を反映している。・・・年齢別自殺者数を見ると、65歳以上が6,141人で、人数で戦後最悪を記録した前年(6,358人)より217人減った。しかし、全体の 28.8 %を占め、全体に占める割合では戦後最悪となった。

自殺者の年次別総数とその変化を考える時に、「最高」とか「増加」などのような表現は、記述的用語として、文脈によって適切であるかも知れない。しかし、1次元的な数字だけでは、多次元的な発生が「記録となった」とか「増えている」などとそう簡単に決めつけられない。総数を「最高記録」としても、だからといってそれが 「最悪」だと一概に言えないのに、条件反射としてそう連想されている。その上に、「戦後」だけを時期的な境界にすることによって、総数の「増加」の原因が戦後の社会状況にある、というような暗示も与えられる。

しかし、表1や表2で分かるように、殆どの年齢階級における自殺率は、記録上の最低値、つまり最善になっている。それに、全体としては、戦前の方が高かった。

意図的でなくても、結果として、多くの官僚、記者、および学者が、自殺者の総数の「増加」を戦後社会の「悪化」と結びつける。このような誤報から生じる暴論が最もよく現われてくるのは、官庁、マスコミ、および学界の亡国論者が錯覚しいる高齢者における自殺の「増加」である。

1.12 マスコミが広める亡国暴論

1984年に、読売新聞の論説員が、『「[昭和]53年自殺白書(同年中の自殺の概要)」では、65歳以上の高齢者が 4,891 人だった。それが、 58年の「白書」になると 5,572 人を数える』、と書いた。これを解釈するところで、『相変わらず、ご老人に自殺者が多い』とか、『[常に生きたいと願っている人]をすくいあげられぬまま「戦後最悪の数字」となった』などと述べてから、『家族間にも世間にも<人情紙風船>の“病巣”が広がっている』、と結論した。13)

実は、この「救いを求める叫び」は、単なる 「人騒がせないたずら」でしかなかった。なぜかというと、その5ヶ年の間には、高齢者の人口も 9,921,000 人から 11,672,000 人に上がったので、単純自殺率は、実に 49.3 から 47.7 に下がった訳である。14)

1987年に、朝日新聞の論説員が、『わが国では、75歳以上の老人で自殺する人が異常に多い」と主張した。これを証明するつもりで、日本、イギリス、アメリカ、スウェーデン、デンマーク、及びオーストリアの高齢者の自殺率を引用したり比較した。結果として日本は一番高いと指摘してから、『以上は1980年前後の国際統計だが、日本の場合、老人の自殺はますますふえている』と断言した。それに、『[日本は]お年寄りにとって住みにくい国になっているのではないでしょうか。病苦が原因の場合が多く、その背景には医療制度の問題があります』、と国立公衆衛生院の衛生行政室長の意見として付け加えた。15)

日本の高齢者自殺が「ふえている」とか、その所為で日本が住み難い国に「なっている」と決め付けるなら、日本だけの高齢者の自殺率の傾向を検討すべきである。しかし、その傾向を示す数字に一切触れなかった。もし触れたら、長期間の流れの中では、高齢者の自殺率が段々低くなってきていることが分かる。

また読売新聞の論説員は、警察庁が1988年に公表した『自殺の概要』の数字を引用しながら、 『前年より自殺者が増えたのは還暦以上の世代だけだった』と述べた。そして、次のようにこれを解釈した。16)

欧米にも、老人の自殺例は少なくない。事情の詳細を筆者は知らないが、日本では“孤老の死”が急速に増えてきているようだ。核家族化の拡大とも関連するところがあるのかもしれない。人の命に軽重の差はない。が、営々と社会に貢献してきた人たちの自殺、その数の多さはあまりにも残酷だ。

毎日新聞の英字紙 Mainichi Daily News は、 1987年に数えられた自殺の数に関しては、総数の約3分の1が60歳以上の人々の自殺であった、と述べた。この割合は、日本の年寄りが豊かな社会の中で住みづらくなってきてることを反映している、と警察庁の自殺白書による意見として解釈した。17)

人口の話にも触れたのは、The Japan Times の社説だけであった。1987年の高齢者の自殺が総数の3分の1近くを占めていると述べてから、次のように解釈した。18)

尚、高齢者の人口を占める割合が増加していることも事実だが、これだけで [こんなに高い自殺の割合]を説明できない。これと同時に、高齢者には自己破壊の最も主な原因である病苦が多い、という事実もある。

日本の巨大な寿命進度は、その余生の生活の質の内容と共にも評価しなければならない。もしその生活は自殺を増やすほど苦しければ、[寿命進度を]喜ぶことはとてもできない。

しかし、この社説の断言に正反対しては、1987年の統計に見えた65歳以上6つの年齢階級における増加の全ては、人口の高齢化による変化であった。そして、それぞれの年齢階級の自殺率は前年の比率よりはもちろん、実は、前数年間の平均比率よりも低かった。The Japan Times も、大手新聞に負けないように、官庁が公表する数字をそのまま鵜呑みにし、何も確認せずに、高齢化社会的亡国論の時流に乗ってしまった。

後で取り上げる『疑問だらけの中学教科書』が高齢者自殺の「増加」の原因を戦後日本の核家族化とした同1981年に、「どう防ぐ同居老人の自殺」と題した朝日新聞の記事が、東京都監察医務院の調査19) の一部を次のように報道した。20)

おとしよりにとって、子や孫に囲まれた三世代同居は幸せと思われるのに、同居老人の自殺率はひとり暮らしよりも 1.6 倍、老人夫婦世帯より 3.2 倍も高い。

マスコミではこうした指摘をする記事は珍しいが、専門雑誌は決してそうではない。医学雑誌などには、多少の矛盾、いや複雑に絡み合っている高齢者の自殺に関する研究論文がよく登場する。しかし、戦後の核家族化などが高齢者を自殺に向けさせている所見はどこにもない。むしろ、夫婦や親子で構成する一、二世代家族の方が自殺率は低いと指摘して、先の調査を確証する。21) 22) ある程度までテレビ界も、三世代同居がもたらす精神病理を認めるようになっている。23)

それにしても、1990年に出た『自殺の概要』に関する報道は、相変わらず自殺死体の数だけを物差しにした。「65歳以上の自殺最悪」と、日本経済新聞の見出しが強調した。読売も毎日も「最悪」を見出しで使った。朝日は「死選ぶお年寄り、さらに」と、結果として同じように誤報した。24) 1989年の高齢者の調整自殺率(表7、表8)が記録上最低率になっていたのに、日本経済新聞の記事は次のように、ありふれた虚報を伝えた。

高齢者の自殺率欧州各国に次いで6番目となり、高齢化社会の進展のなかで核家族化や個人主義は徹底し、老人には住みにくい社会が現出しつつあるようだ。 [警察庁]は「重大な社会問題」とし、国を挙げて本格的な自殺予防に乗り出 すよう呼び掛けている。


1.2 誤用の例

上記のような統計の乱用とそれに伴う暴論は学界にもよく見える。ここで紹介するのは、現在も世界中に走り回っている日本生まれ日本育ちの日本に対する誤解である。

1.21 自殺学者の統計乱用

『The Thorn in the Chrysanthemum (Suicide and Economic Success in Modern Japan)』を書いた米国人社会学者であるマモル・イガ(伊賀衛)氏は宿題をやらなかった上に、職業道具とでもいうべき基礎統計分析法も放棄した。副題もほのめかしているように、イガ氏が「日本では経済成長に伴って自殺が増えている」、とでも主張しているようであるが、これは科学的方法による研究から生じてきた見解ではなく、イガ氏がアメリカに渡った当時に登場した、『自殺の国』みたいな固定観念に深く根を下ろしている単なる先入観に過ぎない。

若者や女性、そして作家の自殺に関する第3章は、『日本人の自殺率は、第2次世界大戦中の低い自殺率から1955年に最高値(10万人当りの 25.2 人)に達し、14.2 であった1967年まで下がった。それから1970年 15.3 に、1974年 17.5 にまた上がった。今も自殺率が増え続けているようである』、と始めた。25)

なぜ自殺率が「今も増え続けている」と思い込んでいたかというと、『1983年に“suicides both in Tokyo and the nation hit a record high”、とThe Japan Times (1984年5月6日)が報道した』、とイガ氏が述べた。自分で自殺統計を分析せずに誤解を招く新聞記事だけでものを判断したのである。

アメリカの大学院に入学する前に日本で教育を受けたイガ氏は日本語で書かれた文献を利用しなかった訳ではない。日本の有名な自殺学者達の著書や論文をかなり引用した。ただ、彼らさえ、日本の自殺統計を自分の手で徹底的に分析したことはないので、応用統計学の模範になりそうもない。

イガ氏は、厚生省が1977年に発行した『自殺死亡統計』などを参考したのにもかかわらず、その中の表に示されている訂正自殺率(当論文でいう年齢調整自殺率)を無視した。同じ社会学者として自殺に関する本を三冊ほど出したこともあるトヨマサ・フセ(布施豊正)氏もその訂正自殺率を利用せずに、自殺率を年次別、国際的にも比較した。次の主張から理解できるように、カナダ人であるフセ氏も総自殺率の動力を適切に考慮しない。

フセ氏は、警察庁の統計を引用しながら、次のように「数」と「率」を同じ口にした。26)

1960年代の終わり頃から少年の自殺は減少を続け、戦後最低の率を示してきたが、1986年(昭和61)年[原文のまま]には自殺者総数は戦後最高の記録を示し、特にアイドル歌手、岡田有希子の自殺に誘発された連鎖反応誘発自殺が少年少女にみられ世間を驚かせた。[昭和]62年にはそれも収まり自殺率は減少したが、自殺者総数は 24,460 人であり、依然高水準で、今後の成り行きが注目されている。

またフセ氏は、人口の年齢構成が変わるだけで単純自殺率も変わると理解しているのに、構成の変化による率の増減は疫学上の意味がない、しかも訂正(年齢構成の変化を補う調整)すべきものである、という認識さえどこにも見えない。27)

昭和30年には全人口のわずか8パーセントを構成していたにすぎない65歳以上の老人人口は[1989年]現在12パーセントを越えつつあり、2015年にはこの老人人口は日本の全人口の25パーセントに達するものと推定されている。すなわち4人に1人の割で老人がいることになり、老人人口の増加とともに日本の自殺率も当然上昇する可能性が大きい。

元厚生省大臣官房統計情報部の上田フサ氏は、単純自殺率と共に訂正自殺率も示めす、1984年版の『自殺死亡統計』に出た統計表をそのままで自分の記事に載せた。しかし、人口動態統計の専門家でもある彼女も、その文中には、訂正率に一切触れず、単純率だけを引用したり図にした。28) 自殺学者などが情報反乱の中で適切な情報を認識できない現状である。

1.22 社会政策の空想化

近年、高齢者自殺の「増加」とも関連して、高齢化社会の状況に対する関心が高まっている。 1981年に発行された『疑問だらけの中学教科書』が、『悲惨な老人の自殺の増加』を前提として、『老人の自殺の増加を生む下地を醸成している』のは、『老人に対する愛やいたわりに欠ける教科書』ではなかろうか、と論じた。29) この監修は、当時の筑波大学学長であった福田信之氏で、主著者は、森本真章氏(筑波大学講師)と滝原俊彦氏(帝京女子短期大学教授)であった。

フジテレビの日曜日朝の番組『世相を斬る』が教科書問題を取り上げた時、たまたま森本氏が出演することになって、これをきっかけに本を出すことになった。30) 竹村健一氏との対談場面のなかに、『日本の老人の自殺者が急増している』というような話が出てきた。31)

森本氏らは、これを証明するために、1967年から1979年までの厚生省の65歳以上の老人の自殺者数の統計を図にした。『昭和42年に 3,408 人であったものが、54年には5割近くもふえて 4,991 となっている』、と解釈した。図は、その13年分の年次別統計の基準とするx軸を5センチにしながら、3,000 から 5,000 までの人数を表わすy軸をその2倍の10センチにして、「悲惨な老人の自殺の増加」を非常に大きく見せる工夫もした。

民族派の教育者に転向する前に理論物理学者であった福田氏とエンジニアであった森本氏は、自殺率を計算できない筈がない。実は氏らが、『わが国の老人の自殺率が自由主義国においては世界一の高い比率を示している』ことを証明するために、日本も含めて20ヶ国の自殺率を表にした。また、自殺率の数字を「人口10万人当りの自殺者数」と説明した。しかし、1967年から1979年までの年次別自殺率を計算しなかった。その代わりに、自殺者数に対して1967年を 100 にした指数だけを出した。それによると、1979年の指数は 146(つまり「5割近くもふえて」)であった。32)

もし、森本氏らが65歳以上の単純(未調整)自殺率を算出していたら、48.0 であった1979年の自殺率は、51.3 であった1967年の自殺率より低いということが明らかになっていた筈である。確かにその間に少し上がったこともあったが、戦後の低下している長い傾向の中では、それは実に小さな、しかも一時的な上昇に過ぎない。65歳以上の年齢調整自殺率を算出したら(表7、表8)、その「悲惨な増加」の根拠が尚更崩れてしまう。

森本氏らが「核家族がすぐれている」とか「核家族がもっともふつうである」などのようなイメージを伝える戦後の教科書を批判するために、彼らは老人にとって日本の社会が悪くなっていることを証明することが必要であった。そのつもりで、二つの点を論じた。一つは、『古来、わが国は、老人を敬い、親を大切にする美風を世界に誇っていたはずである。それがなぜこのような結果[悲惨な増加]になったのか。それにはいろいろな要因もあるだろうが、戦後の教育のあり方と無関係とはいえないと考えられる』、という点であ る。33) もう一つは、『わが国の老人の自殺率が、世界の最高水準にあることは、日本民族の悲劇である』、という点である。34)

この二つの論点は性質的にまったく違う問題であるのに、「古き良き日」の考えにでも囚われているような戦前生まれ育ちの福田氏や森本氏が、強い先入観の所為であろうか、これらを区別はしない。しかし、高齢者の自殺率の国際水準と自殺者の増加を無理に結びつけながら戦後亡国論を勧めるのは、このような学者のみならず、かなりの官僚や論説員も同じようなもっともらしい議論を広めている。

1987年版の『警察白書』に伝えられたメッセージの一つは、「老人に多い自殺」という見出しに見られた。その下に次のように書いた。35)

昭和61年の・・・自殺率は、高齢になるほど高くなっており、老人問題の深刻さを示している。

「老人問題の深刻さ」と「高齢になるほど自殺率が高くなっている」との関連性はともかく、 「老人問題」すら説明していない。しかし、この幻の問題の解決方法は、「自殺の未然防止」という見出しの下に書かれた言葉に表わされているように、警察庁が知っている。36)

警察では、独居高齢者などに対する訪問や困りごと相談等を通じて、自殺のおそれのある者を早期に発見し、その悩みや困りごとの解消に努めるとともに、自殺が多発する場所については、その管理者に対し、自殺防止のための立看板やフェンスの設置を働き掛けるなどして、自殺の未然防止に努めている。

警察庁には自殺学者がいない。『自殺の概要』の担当警部の話によると、統計は公表に先立って筑波大学の稲村博氏に見せ、彼の意見を内部利用する。稲村氏が「編著」した『中高年の自殺』は、次のように述べる。37)

ところで、自殺の増加と核家族化率とはほぼ並行関係にあるということができる。もちろん、自殺には他のいろいろな、これまでみてきたような、また以下にみるような要因がからみ合っている。家族の人数だけから説明できないのはいうまでもないが、他の条件が同じ場合には、家族数の多いほうが自殺を防ぐうえで有利であることは間違いないところといえる。

このように学者らしく注意しながらも、稲村氏は、「自殺の増加と核家族化率とはほぼ並行関係にある」という偶然に囚われて、学問離れの特殊文化論を謳う日本人論者のものまねで、日本の核家族化による亡国を論じた。38)

同じように「一人暮らし」と「自殺」を結びつけようとする記事が実に多い。財団法人年金住宅福祉協会が1991年に当会の機関誌に載せた「高齢者にも進む核家族化」という表題の記事はその典型的な一例である。その中で、こう論じられている。39)

また、日本は高齢者の自殺率が高く、特に、女性高齢者の自殺率は、先進国中第一位である。

今回の調査でも明らかになったように、女性高齢者の4割が一人暮しであることを考えるとき、この自殺率の高さは、「高齢」の「女性」が「ひとり」で暮らすことの限りない困難さを物語っているように思えるのである。

これは、集団の統計と個人の行動とを混同する「生態学的錯誤」の典型的な例である。疑問に思うことは、一人暮しの高齢者の割合が高くなっているのに、高齢者の自殺率が下がっていることを、どう説明するのか、ということである。もちろん、高齢者自殺の低率化は一人暮し高齢者の自殺率が下がっていることを証明しない。しかし、逆にいうと、高齢者の自殺率が高いからといって、その「高さ」が一人で暮らすことの「困難さ」を反映するとは一概に結論付けることはできない。


2. 信頼できる情報の伝え方

上記の例から分かるように、日本における自殺の実態に対する誤解を広める人々は、先入観や統計音痴に誘発される「数字盲症」に罹患している。この病気を組織的に直すためにしなければならないことは、官庁、マスコミ、および学界の三極圏を合理化することである。しかし、それと同時に、調整自殺率の概念を普及し、利用する必要がある。

2.1 意識改善と民主化

死体の増加がすなわち死亡率の高まることとする官僚や記者がいれば、疫学的統計の動力を充分理解しないために訂正自殺率を見逃す学者もいる。この人々が代表する官庁、マスコミ、および学界は、自殺の発生に関する基礎知識を深めるにどうしたらよいのか、を検討したい。

2.11 官庁

日本の厚生省や警察庁が定期的かつ独自に全国の性別、年齢別などの自殺死亡統計を集計し公表する。しかし、省庁間の連絡は報告書の配布以外は殆どない。それに、両省庁に、どの巨大相識にも見られる自己中心的な性格があり、その所為であろうか、「主権を存する」筈の国民より自分の存在を大切にする傾向がある。このような省庁間の厚い壁と官民間の深い溝を崩したり埋めたりすれば、自殺統計とその理解がよくなる筈である。

2.111 警察庁

各都道府県警察は検視規則や死体取扱規則などに従って死因を調べ、犯罪統計規則などによって自殺統計を集計し、数字だけを警察庁の保安部防犯企画課に送る。40) しかし、戦後生まれの警察庁は戦前と違って都道府県別の自殺統計を公表していない。こうしたような統計がどこかに保管されているかも明らかになっていない。警察庁図書館も非公開である。

結果として、警察庁が集計する自殺統計の一部だけが調査年の翌年12月頃に発行する『犯罪統計書』の後ろの方に記載される。その数ヶ月前の4月頃に、その内の一部が、『自殺の概要』として公表される。

上で触れたように、警察庁の自殺統計は、日本国を代表する数字として指定された厚生省の自殺統計よりも、マスコミに対する影響がかなり強い。それは、警察庁の『自殺の概要』は2ヶ月ほど先に出ることがあるし、厚生省の人口動態統計と違って自殺統計に限られているからでもある。問題は、『自殺の概要』の独占度でも正当性でもない。むしろ、誰のために自殺統計を集計したり公表したりするのかを充分に検討しない慣例である。

死亡届としか接触しない人口動態統計を集計する公務員に比べて、死体や遺族と直面する警官の体験を大切にしたいと思う。しかし、『自殺の概要』などには、自殺者の総数を強調する統計をしか見られない。

集計したままの数字は、情報でも何でもない。雑音と大して異ならない。数字は分析した上で意味を付けることによって初めて真の情報になる。もし、警察庁が、真の情報として評価できる自殺統計を公表する気があるとすれば、次の3点を提案する。

  1. 厚生省と一緒に自殺統計審議会を作ること。
  2. 審議会の指導に従って当庁の自殺統計を集計したり公表すること
  3. 審議会が編集する自殺白書を発行することに協力すること

2.112 厚生省

厚生省の自殺統計は、人口動態統計の中の死亡統計の外因死因の一つとしてしか含まれていない。年計分の人口動態統計の概数は、調査年の翌年の6月頃に公表される。その確定数の公表は9月頃になる。そして、全3巻の『人口動態統計』の中巻と下巻が12月頃に、その上巻が翌年の3月頃に出版される。確定数は、日本の公式的人口動態統計として、世界保健機構(WHO)に報告される。

歴史の話になるが、日本の警察は少なくとも1878年に遡り、実に長い自殺統計を集計し公表する伝統を持つ。確かに1964年から1977年まで14年間もの空白があるが、1978年から公表を再び始めた。1977年以前の警察調査の自殺統計については、警察庁は「厚生省の統計を利用している」と、要点を濁した。しかし、明治11年計分の「自殺セシ人・自殺セントセシ人」の統計の公表方式を調べると、平成3年4月の『平成2年中における自殺の概要』に見られる統計学は、昔から殆ど進化していない、ということが分かる。

これに対しては、厚生省の自殺統計が1899年にしか遡れないにもかかわらず、統計学上にかなり進歩してきており、また、これからどうすれば改善できるか、などのような問題意識も強い。資料室も公開されており、未報告の資料も保管されていて、担当者に頼めば見せてくれる。

しかし、厚生省にも、官民間の堀を渡る橋はもちろん、省庁間の山を通るトンネルも必要がある。そのために、厚生省には、次の事を提案する。

  1. 警察庁と一緒に自殺統計審議会を作ること
  2. 審議会は各関連団体の代表を会員にすること
  3. 日本の自殺統計の基準、集計、分析、および報告を調べたり指導すること
  4. 自殺白書を発行すること
  5. 自殺白書の内容は、人口動態統計と警察調査統計の差異に関する詳しい歴史的な説明を含めること(表4に参照)。
  6. 人口など不可欠な関連統計も含めること。
  7. 各種の調整自殺率も補うこと。
  8. 統計を何人かの専門家に分析してもらって、それぞれの解釈を載せること。

2.12 マスコミ

民主社会においては、官庁を責める前に、マスコミを責めるべきである。常に政府当局から独立した立場を守って、官庁も含む統治機関を絶えず監視するのは、マスコミの重要な役割の一つである。しかし、私が受けている印象は、日本のマスコミが、あまりにも素直な態度で、官庁が公表する数字とその解釈を、そのまま大衆に伝えているということである。

マスコミが官庁の統計報告をニュースにする作業は、確かに受動的儀式になっているような印象が強い。当局から受ける数字とか説明をそのまま記事にすることが圧倒的に多い。これ以外にするのは、せいぜい取材しやすい学者の意見を聞いたり、その学者の解釈は根拠がなくてもそれを記事に加えたりする事だけである。もっと能動的に報道するには、次の様にするのが適当であろう。

  1. 急ぐべからず。官庁の統計報告をすぐ報道する必要は全くない。
  2. 数週間でも掛けて自ら分析したり理解しようとすること。
  3. まだ統計を検討する機会がない筈の専門家の意見を聞かないこと。
  4. 当局の見解も含める意見を裏付けること。
  5. 根拠の薄い意見を載せながら批判すること。

2.13 学界

学者はなるべく世の中を無視しながら研究活動をする方がよっぽど大衆の利益になる、と私は信じている。ただし、こんなに自由な立場で学問をする人間にとっては真実を追求する精神が何よりである。記者に取材されることになれば、正直に対応しないと、無責任な結果になる。

良心的な学者は、次のような方法で官庁やマスコミと付き合えばよいと思う。

  1. 世論に左右されず、独自の統計分析 をもとにした見解を表現すること。
  2. 自殺者数よりも、単純自殺率ないし 調整自殺率の方を使うこと。
  3. 科学的根拠のない解釈を避けること。

学者が構成する組織も、より信頼できる情報の伝達を積極的に勧める努力が必要である。民間団体である日本自殺予防学会とか、厚生省に属する国立精神・神経センター精神保健研究所さえも、警察庁や厚生省の自殺統計の集計から公表までに至る手順の基準などを決定する過程に、全く参加していないという事実を、私は不思議に思う。


2.2 調整自殺率の勧め

調整(訂正)率をここで詳しく説明する紙面がない。一言で言えば、異なった観察集団の比較や同じ集団の年次推移などの比較をするために、人口の年齢構成、性構成などの差異を取り除いて単純率を調整(訂正)しなければならない。

厚生省が訂正死亡率を定期的に算出する歴史は少なくとも1960年代に遡る。最も入手しやすい資料は5年ごとの国勢調査の年次を対象とする、 1960年版から始まる『主要死因別訂正死亡率』である。1988年に出たその1985年版は6回目である。1990年に出版された『自殺死亡統計』も同名の報告書として3回目で、1977年にも1984年にも出された。

ところで、厚生省は、今まで、日本の1935年度または1960年度の性別総人口とか、15年歳以上の総人口または日本人人口とか、それに World または European のモデル人口など、場合によって様々な人口を基準として訂正死亡率を算出してきた。しかし、数年間続いた省内の「標準化死亡率」を求める運動がやっと小さな実となって、1991年に「昭和60年モデル人口」を基準として、1947年まで遡る全国の年次別「年齢調整死亡率」などを1992年に刊行する予定の『人口動態統計』に載せることになった。41) 42)

残念ながら、「分かりやすい」、「年齢構成に歪みがない」、「使用目的に合っている」と宣伝しても、43) 厚生省の「モデル人口」には次のような欠陥がある。

  1. 誰でも簡単に計算できるほど分かりやすくない。基準人口の合計を120、287、000よりも100、000にした方がよい。それに、年齢階級別の構成人口も、8,180,000 や 8,338,000 などのような複雑な数字よりも扱いやすい 8,000 のような数字にしてもよい。
  2. 1985年度の人口に基づいているので、歪みがない筈はない。1985年度の人口にこだわる必要がない。ある年度の人口に対して調整するなら、その年度の国勢調査のままの自然人口を基準とすればよい。表5や表6で分かるように、年齢調整自殺率の場合には、自然人口による調整率(g列)とモデル人口による調整率(f列)は殆ど同じである。「標準化死亡率」のつもりなら、自然人口離れの「人工的」基準人口を作る方は使い道が多い。
  3. 目的が狭すぎる。1947年からの死因別年齢別の死亡統計は0ー99歳までの5歳階級20区分と100歳以上の1区分、足して21区分方式である。国勢調査の年次の人口もこれと同じ。また1981年度から国勢調査の年次の間の推計人口も 0-89 と 90+ の19区分方式になった。要するに、1979年度以前の 0-84 と 85+ の18区分方式に基づくモデル人口は、高齢化している社会に向いていない。

高齢化社会といえば、全人口ばかりではなく、「65歳以上」のような、2つ以上の小さな年齢階級を含む大きな年齢階級に対しても、年齢調整率を算出する必要がある(表7や表8に参照)。

厚生省は「訂正」から「調整」に名称を変えるのはよい。しかし、一般大衆に理解を求めるなら、マスコミ向けの報告にも分かりやすい調整率をどんどん紹介しないと、日本の疫学上の実態がこれからも誤解されつづける一方である。あらゆるマスコミの媒体を通して、あらゆる基準に基づく調整率の合理性を明確に説明すればよいと思う。


おわりに

集計したままの自殺者数を公表することには、意味がない訳ではない。総数は、ある時期に、ある地域で、何人が自殺するのか、つまり何数の事件を調査する必要になるのか、ということなどの測定であり、調査経費の予算を推定することに役立つし、自殺予防団体、救急病院、死体処理産業などにも価値のある数字でもある。しかし、社会福祉の状態を指示する指標や疫学上の発生率などとしての自殺統計ならば、少なくとも単純自殺率を計算しなければ意味がない。そして、違う時期とか違う地域などを比較すると、調整自殺率までも算出せざるを得ない。

ここでは、日本における自殺統計の官僚、記者、および学者による慣習的な取り扱い方をかなり厳しく批判したが、目的は、批判によって提起した問題をどう解決すればよいか、ということである。


文献

  1. 婦人公論、1987-6、72(6)869、522
  2. 婦人公論、1987-7、72(8)871、94-95
  3. 警察庁、昭和58年中における自殺の概要、昭和59年3月、1
  4. 警察庁、昭和61年中における自殺の概要、昭和62年3月、1
  5. 読売新聞、よみうり寸評、1984-4-3夕刊、1;朝日新聞、1987-4-16夕刊、15
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  7. Asahi Evening News、1987-4-20、3
  8. 朝日新聞、1987-6-24朝刊、1
  9. 朝日新聞、1991-4-27朝刊、3
  10. 読売新聞、1991-4-27朝刊、30
  11. 毎日新聞、1991-4-27朝刊、26
  12. 日本経済新聞、1991-4-27朝刊、35
  13. 読売新聞、編集手帳、1984-4-5朝刊、1
  14. 警察庁の自殺統計は、厚生省の総数と違って、在日外国人も含めるので、ここでは、在日日本人のみの人口の代わりに日本の総人口の方を利用した。
  15. 朝日新聞、天声人語、1987-1-28朝刊、1
  16. 読売新聞、編集手帳、1988-4-15朝刊、1
  17. Mainichi Daily News、1988-4-13、12
  18. The Japan Times、1988-4-22、18
  19. 上野政彦、庄司宗介、浅川昌洋(その他):老人の自殺、日大医学雑誌、40(10)、1109-1119、1981(10)、1112
  20. 朝日新聞、1981-12-20朝刊、15
  21. 森田昌宏、須賀良一、内藤明彦、後藤雅博、小泉毅:新潟県東頚城郡における老人自殺の実態、社会精神医学、9(4):390ー398、1986(12)、396
  22. 原田寛子、前岩道彦:徳島における過去10年間の『独居老人』及び『自殺老人』の生態について、四国医学雑誌、43(4):276-296、1987(8)、294-296
  23. NHKスペシャル:二人だけで生きたかった、総合テレビ、1991-6-19、2100-2200
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  26. 布施豊正:自殺学入門(クロス・カラチュラル的考察)、誠信書房、東京、1990、79
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  28. 上田フサ:統計的にみた日本の自殺、精神科 MOOK(春原千秋編)、16:20ー51、1987
  29. 福田信之(監修)、森本真章と滝原俊彦(著)、疑問だらけの中学教科書、ライフ社(東京)、1981年、54
  30. 同書中に228
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  36. 同書中、132ー133頁
  37. 稲村博(編著)、内山喜久雄、筒井末春、上里一郎(監修):中高年の自殺、同朋舎(東京)、1990, 107
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  40. 警察庁長官官房企画課:警察官実務六法(平成3年版)、東京法令出版、1991、438ー441
  41. 安部泰史、上夜和子、小野寺満夫、斉藤文子:訂正死亡率の基準人口に関する見直しについて、厚生の指標、1990-12、28ー33
  42. 安部泰史、小野寺満夫、上家和子、斉藤文子、松栄達朗:年齢調整死亡率(訂正死亡率)の改訂について、厚生の指標、1991-5、12ー16。
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